今日は父の命日だ。10年前の11月14日、22時45分頃に息を引き取った。
「あの時からもう10年が経ったのか。」という月並みで少し冷たさを感じさせる感想しか思い浮かばないのだけど、父のことが大好きだから時々父の笑顔を思い出してしまうと、ところかまわず自然と涙が溢れてくる。今も恥ずかしながら涙を流しながらこの文章を入力している。
亡くなってすぐ葬儀屋さんに電話して、そのまま深夜に通夜と告別式の打ち合わせ。悲しむ余裕もなくクタクタの頭で葬儀屋さんの段取りを聞いていたのを思い出す。そして葬儀場とは離れた別の霊安場所に父の亡骸を保管した。本来なら亡骸を自宅に迎えるべきなのだろうけど、実家の狭い階段では棺を旋回することができないので仕方がないが父には我慢してもらった。
翌日、母と弟は準備のため先に葬儀場へ行くことになり、私だけ霊安場所から葬儀場へ向かう父の付添いをすることになった。父を霊安室から送迎車へ移動する時、そのままの棺で車に乗せるのかと思っていたら葬儀屋さんが別の棺を持ってきて父を新しい棺に移す作業を始めたので、私は目も離さずそれを静かに見ていた。
今だから話せるのだけど、移されている父は足の関節がピーンと伸びたままの状態で固まっているので、それがどうも私にはカッチカチの硬い人形にしか見えなくて、もしも葬儀屋さんが誤って父を落としたら砕けてバラバラになっちゃうんじゃないかとまで思ってしまった。亡くなったすぐはまだ人間らしいと言ったら変になるけど、まだ眠っているみたいに感じたのだけれど、半日経っただけで無機質なものになってしまうなんて不思議だなぁと改めて感じた瞬間だった。
あと、葬儀が終わり出棺前に供花を棺に入れたのだけど、たくさん頂いた供花を母がどんどん入れ始めて、どんどんどんどん入れるから親戚のおばちゃんたちや私の主人も負けじとどんどん入れだして最終的には父の顔だけがちょこんと出てるだけの状態になってしまったから、もう私、堪らず笑っちゃったよね。告別式中は泣いて泣いて泣き腫らした顔の状態で「これ、入れすぎやろ!」と爆笑してしまった。今思えば情緒がバグっているな。10年経った今でもそんなことを思い出す。父さん、怒らずに笑ってくれてるかな。